メッセル採掘場は、ドイツ・ヘッセン州の村メッセル(Messel)近くにある油母頁岩の採掘場跡地である。フランクフルト・アム・マインの南東約35km のところにある。ここからは大量の化石が出土しており、その地質学的・古生物学的な重要性から、1995年12月9日にユネスコの世界遺産(世界自然遺産)に登録された。
メッセル採掘場から大量の化石が出土することは、1900年ころには知られるようになっていたが、きちんとした科学的な発掘が行われるようになったのは、1970年代頃からである。露天掘りの採掘場は地下60 m ほどのところに約1km²(正確には1 km x 0.7 km)広がっている。
メッセルの堆積物が形成されたのは始新世にあたる5000万年前のことで、当時のヨーロッパ大陸は今よりも10°南にあった。このため、気候も生態系も現在とはずいぶん違っており、一連の大きな湖の周囲に鬱蒼とした亜熱帯林が繁り、信じられないほどの生物多様性が育まれていた。メッセルの湖底はおそらく流入してくる大小の川の中心点にあたっていた。
一帯の主な岩石である油母頁岩は、泥と枯れた植物が湖底に無酸素状態でゆっくりと堆積してできたものである。それが地下130mにまで広がり、その上に砂岩の層が載っている。化石が頁岩の中に非常に美しく保存状態も良好な形で閉じ込められたのは、湖に独特な堆積上の特質による。湖の上の方は有機体が多く、それだけ掻き回されるが、湖底には流れがほとんど無くて掻き回されないことから、無酸素状態が醸成されたのである。これによって、湖底の泥に埋もれて暮らす生物種はこのニッチに住まうことができず、生物攪拌(bioturbation)が最小限に保たれたのである。また、季節変動で生じる湖水の層の入れ替わりは、水面近くの酸素含有量を下げ、水棲生物の季節的な「絶滅」を引き起こした。このことは、1年間に1mmという相対的に緩慢な堆積速度と相俟って、動物相と植物相の保存にとって最上級の環境を用意することになったのである。
メッセル採掘場周辺の地域は、始新世には地質学的にも構造学的にも活発だったと考えられている。主導的な科学者たちは、1986年にアフリカのニオス湖で起こったガス噴出のような現象が、非水棲生物種の大規模な堆積を説明しうると考えている。定期的な湖水の層の入れ替わりが、大規模に凝集していた二酸化炭素や硫化水素のような作用しやすい気体を湖や隣接する生態系に解き放ち、それがガスに敏感な有機体を殺したのかもしれない。こうしたガスが放出されている一時期に湖面近くを飛んでいた鳥たちやコウモリたちは落ちただろうし、湖岸近くの陸棲生物たちも被害を受けたと考えうるのである。
メッセル採掘場は、これまでに発見された始新世の植物相・動物相の痕跡の中で、最も良好な保存状態を示している。ほとんどの化石発掘現場では骨格の一部が見つかれば儲けものと言ったところだが、メッセル採掘場では、多数の完全な骨格はもとより、種によっては羽毛や皮膚の痕跡さえみつかるほどである。さらにガスの噴出のおかげと思われる種の多様性は驚嘆に値する。メッセルで見つかった化石の一部を簡略にまとめると以下の通りである。
メッセル採掘場は、風化しやすい岩質のため、化石の発掘は余り熱心に行われてこなかった(現在では出土した化石を樹脂で固めて保存することが行われている)。1971年に油母頁岩の採掘場が廃止されたときには、跡地を産業廃棄物の投棄場とする計画が持ち上がった。
専門家や市民が反対運動を根強く行った結果、州政府は計画を撤回し、一帯はゼンケンベルク自然研究協会の管理のもとでの自然保護地域となった。
1995年には世界遺産にも登録された。ドイツ初の世界自然遺産であり、2009年の第33回世界遺産委員会終了時点では、ドイツが単独で保有する唯一の自然遺産でもある。
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
メッセルから出土した化石は、メッセルの博物館、ダルムシュタットにあるヘッセン州の博物館(メッセルから5km)、フランクフルトのゼンケンベルク博物館(メッセルから約30km)に陳列されている。予約をしていない観光客も、採掘場近くの駐車場に車を停めることができ、そこから徒歩で、採掘場を一望できる展望台に行ける。ただし、採掘場内に入ることは、特別に企画されたツアーの一環としてしか、認められていない