フォリー・ベルジェール (Folies Bergère)は、フランス、パリのミュージック・ホール。ベル・エポックの1890年代から1920年代まで絶大な人気を得ていた。2008年現在も営業中である。
パリ9区ロシェ通り32(32 rue Richer in the 9th Arrondissement)に、オペラハウスを設計したPlumeretの設計で建てられ、1869年5月2日に『フォリー・トレヴィス』(Folies Trévise、トレヴィス通りとロシェ通りが交差していたことにちなむ)の名で開業した。レヴュー、オペレッタ、流行のシャンソン、体操のショーを見せた。しかし貴族のトレヴィス公が自分と同じ名前であることをいやがったため、1872年9月、フォリー・ベルジェールに改称。
1882年、エドゥアール・マネの『フォリー・ベルジェールのバー』が描かれた。
フォリー・ベルジェールは流行に敏感であった。それは出演者たちの衣装に現れていた。彼女たちは裸に等しい衣装で舞台に上がった。また、当時の流行であった他文化への興味、異国趣味が、1920年代のネグリチュード(en)となって現れた。
アメリカ合衆国のジーグフェルド・フォリーズは、フォリー・ベルジェールに触発されたものである。