東方正教会サンクトペテルブルク

血の上の救世主教会

Ilya Ableev, Ilja Shatilin そして、200,489より多くの人々がここにいました
8.6/10

血の上の救世主教会血の救世主教会Шаблон:Langスパース・ナ・クラヴィー教会)は、ロシア、サンクト・ペテルブルクにあるロシア正教会の聖堂である。

]] 公式名は、ハリストス復活大聖堂Шаблон:Lang)。このほか、血の上の教会(Church on Spilt Blood)の名称でも知られる。この名称は、1881年3月13日(ユリウス暦3月1日)のロシア皇帝アレクサンドル2世暗殺によるもので、教会が建つ場所は、皇帝遭難の地である。

概要・歴史

建立

ロシア皇帝アレクサンドル2世は、「解放皇帝」と呼ばれ、農奴解放を初めとする「大改革」を行ったが、次第に反動化していった。同時にナロードニキ運動の急進化に伴い、ナロードニキの一部はニヒリズム、テロリズムに走り、1881年3月1日ついに皇帝もテロの標的となって斃れた。行幸先から帰る皇帝の乗った御料車が運河に沿って通る中、女性革命家ソフィア・ペロフスカヤによって指揮された「人民の意志」のテロリストは皇帝を狙って手榴弾を投げた。手榴弾は2人のコサック衛兵を負傷させたが、皇帝は無事であった。しかし現場を見るために御料車を降りた皇帝の足下に別のテロリストが爆弾を転がして爆発させ、瀕死の重傷を負った皇帝は担ぎ込まれた冬宮で一時間後に崩御した。

教会の建立は、アレクサンドル2世の跡を継いだアレクサンドル3世によって先帝を弔うために行われた。教会は、グリバエードフ運河(グリボエードフ運河 Griboedov Canal)の河畔、アレクサンドル2世終焉の地に建設された。この地は、モニカ運河(Moika)とフォンタカ運河(Fontanka)の二つの運河の交差する地点である。建設資金は、帝室であるロマノフ家のほか、広く一般の献金によってまかなわれた。工事は1883年に着工されたがアレクサンドル3世在位中には完成せず、教会の完成を見たのは次のニコライ2世の治世に入って13年目の1907年である。

建築

血の救世主教会の建築に関しては、一般にサンクトペテルブルグにおける他の建築とは様式において異なると見なされる。

すなわちペテルブルクの主な建築物が、主としてバロックおよび新古典主義様式であることに比べて、この教会の建築がロマンチックなロシア・ナショナリズム、中世のロシア建築の影響を色濃く受けているとする立場である。確かに玉ねぎのような形状の屋根や無数のモザイク画に彩られた壁面を見たとき、一般にモスクワの聖ワシリイ大聖堂(生神女庇護大聖堂)や、17世紀のヤロスラヴリの教会建築を思い起こさせる。ピョートル大帝以来、西欧化を推進してきたロシアにおいては、建築においても伝統的なロシア様式が否定され、ヨーロッパの建築様式が主流となっていた。その西欧化を体現してきたともいうべき都市ペテルブルクにおいてさえ、聖ワシリイ大聖堂のようなロシアを象徴する建築が無意識的に望まれてできたと考えられる。 その一方で、聖ワシリイ大聖堂と比較すると、全体の構成のより自由な点や優美さなどはモスクワに代表されるロシア的なものとは異質であり、やはり、ペテルブルクの建築であるとの評価もある。

血の上の救世主教会は、アレクサンドル2世の暗殺というロマノフ家にとっての悲劇がきっかけになって建立された建築物である。このため、『聖書』の中から悲劇的な要素の強い主題とした面積7500平方メートル以上のモザイク画によって壁面が装飾されている。

その一方で、教会は無数のトパーズ、青金石(ラピスラズリの原料)および他の半貴石で飾られていて豪奢な印象を与えているのも事実である。

イコノスタシスは、ヴィクトル・ヴァスネツォーフ(Viktor Vasnetsov)、ミハイル・ネステロフ(Mikhail Nesterov)、(ミハイル・ヴルーベリ)らを含む当時のロシア最高の芸術家たちによって設計された。主任設計士はアルフレッド・アレクサンドロヴィチ・パルランド(Alfred Alexandrovich Parland)である(彼の名前はロシアにおいてもほとんど知られていない)。

教会の内側の壁と天井は、複雑かつ詳密なモザイクで完全に覆われている。このモザイク画は厳密なイコンの様式にのっとり聖書の場面を表現している、内陣中央の丸天井には、「全能の主たるイエス・キリスト」に大天使たちが随っている。

外壁は、レンガ、モザイク画、タイル、大理石によって覆われている。教会には計9つの玉ねぎ型のドームが林立しているが、いずれも外側は明るい色合いによる表現が追及され、金色やエナメルによる塗装が施された。ファザードも教会内部同様、モザイク画が多く用いられ、ヴァスネツォーフがロシアの伝統様式で描いている。

教会の建設には、当初360万ルーブルが予算として計上されたが、結局460万ルーブルの巨費を費やした。

ロシア革命

ロシア革命による社会主義体制は、教会に大打撃を与えた。教会はソビエト政権によって略奪された。また教会内部も損害を被った。ソ連政府の指令で1930年代初期に教会は閉鎖された。第二次世界大戦中は野菜倉庫として使われた。人々は教会を「ジャガイモの上の教会」「ジャガイモの救世主」と冷笑的に呼んだ。教会は他の建築物同様、レニングラード包囲戦で損害を被った。さらに戦後は近くのオペラ劇場のための倉庫として使用された。

ソ連崩壊後、現在

1970年7月、血の救世主教会の管理権は聖イサアク大聖堂(同聖堂も、この時点では、公共博物館として使用されていた)に譲渡された。聖イサアク大聖堂の収入は血の上の救世主教会の復旧へ集約されていった。27年に渡る修復工事を終え、1997年8月血の上の救世主教会は、およそ60年ぶりに一般公開された。しかし、血の上の救世主教会は、ロシア革命以前から公的な礼拝としてではなく暗殺されたアレクサンドル2世を慰霊していたロマノフ家の施設であったという理由で正教会の大聖堂としての完全な復活はなされず、公的な奉神礼は殆ど行われる事のない、麗々しいモザイク博物館として再開することとなった。但し、聖堂の性格から正教会の永眠者のための祈りであるパニヒダは稀に行われている。

現在サンクトペテルブルグの主な観光名所のうちのひとつとなり、多くの人々が参観に訪れるようになっている。

関連事項

外部リンク

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ヒントとヒント
Ma Hi
2016年7月24日
Must see!Great architecture and view!landmark of the city!i prefer Visiting at night,it's amazing.but you must go in the day in case you would like to go inside the church.
Maryam
2016年9月2日
Most people's favourite spot in St Petersburg. Loads of expensive souvenir shops outside. Also, try to go at night to get some amazing pictures :)
Sofia Uz
2014年10月28日
Another must see in St. Pete, recently updated walking zone around it. Check out Jamies Italian on Park restaurants nearby
Ralitsa Ivanova
2017年7月10日
There is no other building like this in the city. Going inside is as spectacular as inside. I recommend dinner at restaurant Terassa so that you can see it from afar right at sunset.
Dave Milne
2018年4月5日
Orthodox church built on the site of the assassination of Tsar Alexander II. No expense spared on the external & internal decoration. Extensively restored to its original glory in recent decades.
Ting
2014年4月5日
Took 26 years to be amazingly restored. Must visit and worth to pay 150rb to use the audio guide.
場所
地図
アドレス

Church of the Savior on Blood, Sankt-Peterburg, ロシア 191186

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営業時間
Sat 11:00 AM–Midnight
Sun 11:00 AM–9:00 PM
Mon Noon–7:00 PM
Tue Noon–8:00 PM
Wed 3:00 PM–8:00 PM
Thu Noon–9:00 PM
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