ネボ山(ネボさん、英語: Mount Nebo, アラビア語: جبل نيبو, Jabal Nībū. ヘブライ語: הַר נְבוֹ, Har Nevo)は、現在のヨルダン西部に位置し、近郊の町マダバの北西10km内の距離にある海抜817mの高い尾根である。山頂からは聖地の全景と、北にヨルダン川渓谷の一部が展望できる。通常、エリコの西岸地区の町が頂上から見え、よく晴れた日であればエルサレムも望むことができる。
申命記の最後にいたる章によると、ネボ山は神がイスラエルの民に与えられた約束の地をヘブライ人の預言者モーセに眺望させた場所とされる(申命記32章49節)。そして、モーセはモアブの平野からネボ山、エリコの向かいにあるピスガ () の頂上へと登った(申命記34章1節)。
キリスト教の伝承によれば、モーセは神によってこの山に埋葬されたが、モーセの永眠の地は不明である。イスラームの伝承でもまた同様にいわれているが、モーセの墓所はユダヤの荒野のうち、エリコの南 11km、エルサレムの東 20kmに位置するマカーム・ナビ・ムサ () であるともされる。ナビ・ムサはモーセの意である。学者は、現在ネボ山として知られているこの山が、モーセ五書に示された山と同じであるかどうかの議論を続けている。
マカバイ記 二 2章4-7節によると、預言者エレミヤは幕屋と契約の箱をこの地に隠したとされる。
洗礼堂床面のモザイク 1933年、山頂部のシャーガ (Syagha) で、教会と修道院の跡が発見された。その教会は初め、4世紀後半にモーセの死の場所をしのんで建てられた。教会の構造は典型的なバシリカ様式による。教会は5世紀後半に拡張され、西暦597年に建て直された。教会については西暦394年に一人の女性、エゲリア () の巡礼記に初めて記載された。モザイクで覆われた教会の床下からは、天然の岩をくり抜いた6基の墓が発見されている。現在も、年代の異なるモザイクの床の断片を見ることができ、現代の教会はその場所を保護して、礼拝の空間を備えるよう建設されている。
2000年3月20日、ヨハネ・パウロ2世は聖地への巡礼の中で、ヨルダンで最も重要なキリスト教霊場の1つであるネボ山を訪れた。訪問時、ヨハネ・パウロ2世はビザンティン様式の礼拝堂の側に、平和の象徴としてオリーブの樹を植えた。
教皇ベネディクト16世は、2009年5月9日にこの地を訪れて演説し、エルサレムの方向を山頂から眺望した。
山頂にある蛇のような十字架の造形物(青銅の蛇の記念碑)は、イタリアの芸術家ジョヴァンニ・ファントーニにより作成された。それはモーセが荒野で作った青銅の蛇(民数記21章4-9節)とイエスが磔刑にされた十字架(ヨハネ3章14節)を象徴している。