チャッツワース・ハウス (英: Chatsworth House)は、イギリスのダービーシャー、ピーク・ディストリクト国立公園 の中にある16世紀に建てられたカントリー・ハウスである。チャッツワースはベイクウェル (Bakewell) の北東5kmにある。
1553年、チャッツワースの最初の建物礎を築いたは、ハードウィッグのベス (Bess of Hardwick)。現在の建物はベスの息子、初代デヴォンシャー公 (第1期) ウィリアム・キャヴェンディッシュ 初代デヴォンシャー公爵(1640年–1707年)、ウィリアム・タルマンの建設者 (William Talman)、である。邸宅は1686年から1707年の間に大規模に改築され、1820年代にも増築されてさらに見事になった。
1872年から1873年にかけて欧米諸国を歴訪した岩倉使節団は1872年10月30日にチャッツワース・ハウスを訪問した。使節団はその邸宅の壮麗さに圧倒された。侯爵自らが日本人使節を荘重な邸宅に迎え入れた。 そこには、多くの蔵書が収められた図書室やワインの貯蔵庫、すして、見事な内装で装飾された数多くの部屋があった。使節団の久米邦武はティツィアーノや ティントレット、レンブラントやヴァンダイク等の有名な画家の作品を鑑賞しようと努めた。 しかし、広大で見事な庭園の美しさの方に、彼はより大きな感銘を受けた。
チャッツワースは広大な庭園で有名である。現在、庭園はダーウェント川沿った105エーカー(約42ヘクタール) で 14 kmにわたって石塀と柵で囲まれている。18世紀、ウィリアム・キャヴェンディッシュ (第4代デヴォンシャー公爵)はそれまでの整形庭園を一掃し、当時流行のランスロット・『ケイパビリティ』・ブラウンが設計した風景式庭園を造った。
19世紀、ジョセフ・パクストンの手によって庭園はきらに変貌を遂げた。ウィリアム・キャヴェンディッシュ (第6代デヴォンシャー公爵)は23歳のパクストンの腕を買い、帝国噴水、岩庭、そして1828年から、チャッツワーズで大温室を造った。パクストンの最大の功績は、1851年のロンドン万国博覧会がロンドンのハイド・パークで開催された際の、水晶宮の建設である。
チャッツワースはデヴォンシャー公爵の邸宅で、12代公爵時代に邸宅は売却され、その後公爵一家は邸宅に戻っているが、現在は屋敷の運営等はチャッツワース・ハウス・トラストによって管理されている。
チャッツワース・ハウス見学に訪れた人は庭園を散策し、30もの豪華な部屋やヨーロッパ最大級の絵画コレクションを鑑賞することができる。