天壇(てんだん)は中華人民共和国北京市崇文区に位置する史跡で、明清代の皇帝が天に対して祭祀を行った宗教的な場所(祭壇)である。敷地面積は約273万m²。1998年よりユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
1420年、明の永楽帝が建立したとされる。建設当時は天地壇と呼ばれていたが、1534年、天壇と地壇に分離、天壇と呼ばれるようになった。 中華民国(台湾)の台南市にも天壇が存在する。そちらについては中国語版臺灣首廟天壇を参照。
皇帝が天を祭るための儀式を執り行う場所である。毎年冬至に豊作を祈る儀式を行い、雨が少ない年は雨乞いを行った。
形は天円地方の宇宙観に則り円形である。また欄干や階段などが陰陽思想でいう最大の陽数である9や、その倍数で構成されている。各壇の直径を合計すると45丈であり、これは単に9の倍数という意味だけでなく、九五之尊という意味も持つ。
天壇では後述する祈年殿が有名であるが、本来的な意味では圜丘殿こそが最も重要な場所である。
天壇でもっとも有名とされる建造物の一つで、天安門や紫禁城とともに北京のシンボル的存在とされる。祈年殿では皇帝が正月の上辛五穀豊穣を祈りを捧げた。祈年殿は直径32m、高さ38m、25本の柱に支えられる祭壇で現存する中国最大の祭壇。中国建築史上重要な建造物とされる。木造で宝頂は金メッキがなされている。屋根は瑠璃瓦葺きの三層になっており、明の時代には上から青、黄、緑となっていたが1751年にすべて青色に変えられた。ちなみに、1889年落雷により一度消失しているが、1906年に再建されている。
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。